草加せんべいの仕掛け人はおせんさんではなく侍だった?
ライター : ピイロ・タッカー
「仕事上の付き合いでは宗教と政治と野球の話はNG」
社会人になりたての頃、会社の研修でこう教わったことがある。
いずれも、熱心な活動をしている人もいることから、初対面で話題にするとトラブルになる可能性がある、ということからだったと思う。
初対面の会話は出身地がオススメ?
では、初対面の場合はどんな会話が望ましいのか?
調べてみると天気の話題が無難だそうだ。
続く?その会話?
草加市出身の強み
あと、出身地の話もいいらしい。
そういう点では草加市出身というのが有利に働くことがある。
「ご出身はどちらですか?」
と聞かれたときに、「埼玉県の草加市というところです」と答えると、ほとんどの人が「ああ!せんべいの!?」と反応してくれる。
そうなればこっちのもので、「社会科見学は決まってせんべい工場だった」や「草加市民だからと言ってほとんどせんべいなんて食べないし、よっぽど市販のサラダせんべいとかポタポタ焼の方が食べる」「東京駅で草加せんべいが売っているのを見ると切なくなる」といった草加あるあるを披露することでだいぶ距離が縮まってくる。
そして極めつけに、相手が「そうかぁ」と言った後にすかさず「ちょっとぉ、草加だけにぃ?」と言えば相手もニッコリ、こっちもニンマリである。
名物が、あってよかった、草加せんべい。
草加せんべいが名物になった理由
でもなんで草加の名物がせんべいなんだっけ?
小学生の時に教わった記憶ではおせんさんという女性がキーマンだったはず。
そしてこの“おせんさん”は草加駅前で地味に銅像になっている。
おせんさんではなく侍が仕掛け人?
とりあえず、ネットで調べてみると、俗説としてこんな情報があった。
草加が日光街道の宿場町として栄えていた頃、旅人相手の茶店が街道にありました。その茶店のおせんさんという女性が作って売っていたお団子が非常においしく、当時往来の人達に大変親しまれていました。
このおせんさんは商売上手な人で、だんごを使った新しい商品が作れないかと考えていました。
ある日、武者修行の侍が茶店に立ち寄り「おせんさん、お団子をつぶして天日で乾かして焼餅として売っては?」と教えてくれました。
おせんさんが早速売り出してみたところ、お客様に好評で、日光街道に名物が出来たというのが、今の草加せんべいと伝えられています。
出典 : 草加せんべい振興協議会
あれ?
おせんさんのセルフプロデュースじゃないの?
完全にプロデューサー入ってるじゃん!
おせんさんWith B(武士)じゃん!
侍が考えたレシピをおせんさんが調理しただけだよね?これロイヤリティー発生するよね?
北斗の拳でいうところの、武論尊と原哲夫みたいな関係性だよね!?なのにソロで銅像デビュー?
なんだか業界の闇を垣間見た気がしました。
でもまぁ確かにあの銅像の横に侍の銅像が立っていたら威圧感あるし、見かたによっては侍監視の下、無理矢理にせんべいを焼かされている様にも見えなくはない。
だからきっと今のままがいいのだろう。
お侍さん、今日も草加駅前のおせんさんの銅像は、酔っ払いに絡まれています。
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昼はサラリーマン、夜は町の平和を守るため日々パトロールに余念がない。基本的に1杯目はビールだが2杯目以降はウーロンハイに切り替える健康志向。草加市出身、川口市(西川口)在住。