埼玉から世界にチャレンジ!埼玉ポーズを生んだあの女性がついに動いた
ライター : Maki
埼玉ポーズ考案者、ダンサーのMakiです!
私 Makiは、様々な方とのご縁から、埼玉ポーズなるものを産むに至りまして、そして、多くの方々に愛され、はたまた!映画にまで!!
そうだ埼玉TVより / 画像左・Maki
そんな私が、埼玉からアメリカを目指すに至りました‼︎
世界的ダンス大会「WORLD OF DANCE」
なぜアメリカ?
と思われるかもしれませんが、とあるご縁で、世界的なダンス大会であるWORLD OF DANCEで、「手話ダンスを踊ってみないか?」と、お誘いを頂きました。
(埼玉ポーズじゃなくてごめんなさい…苦笑)
「WORLD OF DANCE」とは、毎年夏にアメリカで開催されているダンスコンテストで、ストリートダンスの分野では世界最大規模のコンペティションの一つと言われています。
そこに、なぜ「手話ダンス」としてお声がかかったのか。
すでにご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、実は私、CODAなんです。
CODAとは、Children of Deaf Adultsの略で「聞こえない親の元に育った子供」のことを言います。
埼玉ポーズを産むダンサーになるまで
私は、両親共に耳が聞こえない、手話を日常生活言語にしていた環境に育ちました。
物心ついたときには、親のサポートは当たり前、幼い頃から役所の人の難しい言葉を通訳…なんて生活をしてきました。
その反動からか(?) 音楽や歌、そして、ダンスにのめり込んで行く日々を過ごしました。
ダンサーになる‼︎という夢は、長い間親に反対されましたが、それでも最終的には理解してくれ、一番の応援者になってくれて今の私があります。
手話の普及活動
母は聞こえない立場で「手話」を普及させるための活動に奮闘しており、そんな母の背中は、いつも頼もしく見えました。
その影響を受け、私は、手話も表現の1つとして捉え、物心ついたときから身につけた手話と、親に反対されても諦めなかったダンスをコラボレーションし、私なりの方法で「手話」の魅力を発信していこう!と。
私が担当し、のちに埼玉ポーズが生まれることとなった『そうだ埼玉』の振り付けに指先を使ったものが多いのも、その影響もあります。
現在でも、「手話ダンス」というジャンルを通して、各学校や、各地域のイベントなどを回りながら、手話の普及を中心に活動しています。
そんな私に、白羽の矢が!!
埼玉から世界にチャレンジ
世界最高峰ともいわれるダンスの大会「WORLD OF DANCE」のエキシビションで踊ってみないか?というお誘いを頂き、また、来年2025年には、東京で開催される第100回デフリンピックもあります。
そこに向けて、私たちの活動や想いを、少しでもたくさんの人たちに伝えるべく、この世界大会は絶好のチャンスと思い、エントリーを決めました。
5年前に母が、3年前に父が他界し、私自身にとっての手話がこの先どう活かされていくのか、不安も感じていた中でのこの機会でしたので、どうしても叶えたい目標になりました。
アメリカへのチャレンジも含め、手話を知らなかった方々への発信、活動の幅をさらに増やしていくために、このたび、私が副理事長を務めますNPOで、クラウドファンディングを開始しました。
少しでもお気持ち頂けましたら、リンクをご覧頂けると嬉しいです。
ダンスで手話を広めるプロジェクト。小学校でのワークショップとダンスの世界大会へ!
埼玉から世界に手話を発信させる、第一人者にさせて下さい!
つたない私の話を最後までお読み頂き、ありがとうございました。
埼玉の影のアイドル?Makiでした(笑)
そうだ埼玉.comライター、webスタッフ、そうだ埼玉TVカメラマン、俳優、スタッフ、随時募集中です!